すべてを乗り越えて 〜帰ってきた背番号54〜

※この文章は実在の人物・団体を元にしたフィクションです。実際の試合結果とは異なります。


マリーンズに、あの男が帰ってきた。

4月17日、土曜日。東京ドーム、北海道日本ハムファイターズ対千葉ロッテマリーンズ戦。
連敗中のマリーンズは前日の試合、エース・清水直行が登板したが、昨年までの本拠地に帰ってきたファイターズが奮起、好投の清水から奪った2点を守りきり、マリーンズは連敗を9と伸ばしていた。
そしてこの日。敵地でありながら、東京ドームのレフトスタンドは黒いレプリカユニフォームに身を包んだマリーンズファンで溢れていた。
マリーンズファンが待ち望んでいた、背番号「54」が帰って来たのだ。
かつて、マリーンズの絶対的なエースとして、チームを引っ張ってきた男、黒木知宏。愛称ジョニー。
怪我による長期欠場から復活、2年半ぶりの一軍登板である。
ファームで好投していたとはいえ、復帰後の初登板、不安が無いわけはない。しかも、チームの連敗を止めるという重責を負うという困難な状況である。
しかし、ファンは、マリーンズのナインは知っている。ジョニーは今まで何度もこんな困難な状況を乗り越えてきたことを。そして2年半に渡る長い復帰への道をも堪えてここまで辿り着いたことを。

東京ドームのマウンドに、黒木の雄たけびが響く。
速球も、変化球も、まだ最盛期には及ばない。しかし、その気合はかつての黒木のまま、いや、長い試練を乗り越えて、前以上の闘志が溢れていた。
小笠原に1発を浴びたものの、8回までにファイターズ打線を1点に抑えていた。
打線も、黒木のピッチングに奮起し、堀のツーランホームランやベニーのタイムリーで3点を上げていた。

そして9回裏。
絶対的な守護神・小林雅英を擁しながら、バレンタイン監督は動かなかった。
連敗中のチームを変えるためには、何より黒木のような闘志が選手達に必要だとバレンタインは考えたのだ。
しかし、黒木の体力はもはや限界に近づいていた。
140キロを超えていたストレートの球速も130キロ台半ばまで落ち、制球も定まらず、先頭打者の坪井を四球で歩かせる。
捕手の里崎がマウンドに向かおうとするが、黒木はそれを手と目で制する。
最後の気力を振り絞り、新庄、小笠原の二人を三振と内野フライに打ち取った。
2死1塁。打者は四番エチェバリア。
エチェバリアも2ストライク2ボールと追い込む。レフトスタンドからは「あと一球」コールが湧き上がる。
渾身の力を込めて黒木が投げ込んだ球はフォーク。
しかし、握力を無くした黒木のフォークは落ちることなく真ん中高めの軌道を通り、それをエチェバリアはフルスイングした。
ボールは孤を描き、レフトスタンドへ飛び込んだ。
3対3の同点。

このとき、マリーンズの選手も、ファンも、6年前のあの日を思い出していた。
1998年7月7日。神戸グリーンスタジアムでのブルーウェイブ戦。
マリーンズはこの日までに日本タイ記録となる16連敗を達成していた。
日本新記録が懸かった試合、この日の先発も黒木だった。
そして、9回2アウト、連敗脱出まであと1人となったところで、黒木はプリアムに同点本塁打を浴びたのだった。
マウンドに蹲った黒木は、もう立ち上がることができなかった。目からは涙が流れていた。
6年前を再現するかのような、デジャヴのような光景。
しかし、黒木は、蹲らなかった。
マウンドに仁王立ちしたまま、たじろぎもしなかった。
目には、涙の代わりに、まだ闘志が宿っていた。

「まだだ、まだ負けてない! 俺は、俺たちは、最後まで決して諦めない!」

6年前に誓った。自分は、もう2度と諦めないと。
可能性が少しでもある限り、勝利のために戦い抜くと。
どんな時も諦めない心、あの「マウンドの記憶」に負けないことが、黒木のその後のプロ生活、そして2年半に渡る苦しいトレーニングを支えてきた。
黒木の叫びに、闘志を萎えさせようとしていた野手たちの目にも光が戻った。
監督のバレンタインは、投手交代を告げるために歩みだそうとした足を止め、ベンチに留まった。
バレンタインが黒木に求めていたものこそ、これだった。
どんなときにも諦めず、前だけをみつめて進んでいく心。
もはや気力だけでボールを投げ込む黒木。
ファイターズの5番打者、木元がボールを完璧に捕らえる。センターに痛烈な打球が抜けようとした時、ショートの小坂がダイレクトに飛びついた。
小坂は、この連敗中、ずっと責任を感じていた。
マリーンズの連敗が始まった試合、小坂は致命的なエラーを犯した。そのエラーがきっかけでブルーウェーブを勢いに乗せ試合は敗北、そのままずるずるとマリーンズは敗北を重なっていった。
悔しさを胸に秘め続けながら、9連敗を戦ってきた。
そして今、限界の黒木を、そしてチームを救う好守をみせた小坂は、倒れたまま、沈着な彼には珍しいガッツポーズをみせた。

10回表。マリーンズの攻撃。
先頭打者、イ=スンヨブ。
昨年、韓国で56本の本塁打を放ち、鳴り物入りで今季マリーンズに入団したイ。
シーズン開幕戦でいきなり松坂からタイムリーを放つなど前評判に違わぬ活躍を見せていたイだったが、チームの調子が落ちるに従って、その打撃から冴えがなくなっていた。
母国からの多大な期待、連日のマスコミの取材、日本と韓国の野球の違い、馴れぬ日本の生活、その全てがイにとって重圧となっていた。
そんな李が、黒木の投球に激しく心を揺さぶられた。
血走った目で打者を睨み付け、雄たけびを上げながら打者に向かってボールを放り込み、打者を打ち取ればどうだと言わんばかりに打者に向かって腕を突き出す黒木。
色々なことを考え、迷っているうちに、打者にとってもっとも大切なもの、投手に向かっている心をなくしている自分に気付いたのだ。
鋭い視線でファイターズの投手・伊藤を睨み付けるイ。
イの気迫に押されたのか、伊藤の投げた球は真ん中高めの甘い速球。
イのバットが咆哮をあげ、白球はセンターバックスクリーンに飛び込んだ。
眠れる獅子が目を覚まし、10回表、マリーンズは4対3と勝ち越した。

10回裏。マリーンズのマウンドには、守護神、小林雅英が上がっていた。
10回も続投しようとした黒木だったが、すでに体力は限界を超え、ふくらはぎは痙攣を起こしていた。
コーチやベンチの選手達に諭され降板した黒木だったが、ベンチ裏には下がらず、ベンチに座って試合を見守る。
常にポーカーフェイス、どんなピンチでさえ楽しんで投げているように見えるのが小林雅英の持ち味であり、この日もいつもどおりのポーカーフェイスでマウンドに上ったように周囲からは見えたが実際は違っていた。
クールなこの男が珍しく燃えていた。
(ジョニーさんの力投を無駄にするわけにはいかないからな)
150km/hの速球とシュートボールが唸りを上げて投げ込まれる。
三振、ピッチャーゴロで二人を仕留め、最後の打者も内角のシュートで三振に切って取る。
試合終了。
4対3でマリーンズが勝利し、連敗を9で止めた。
ベンチの黒木に、この試合が始まってから初めての笑みがこぼれた。

「放送席、放送席、今日のヒーローインタビューは、復帰後初の試合を見事勝利で飾った黒木投手です。黒木さん、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「久し振りの一軍での登板、いかがでしたか」
「感慨とか、そういうものを感じる余裕は無くて、ただ一生懸命投げるのが精一杯でした」
「黒木さんの好投で、チームの連敗も9でストップしました」
「大事なときに使ってくれたボビーの期待になんとか答えたかったんで、とにかく気合だけは負けないように投げました」
「9回、あと勝利までひとりというところで1発を浴びましたが」
「あそこで打たれてしまうのが自分の未熟さだと思いますけど、まだ負けたわけじゃなかったので、最後まで決して諦めないようにしようと」
「この勝利で、チームも波に乗っていけますね」
「はい。今まで負けてた分を取り戻していきます」
「最後に、ファンのみなさんに一言お願いします」
「今日は応援、ありがとうございました。負けが続いていましたけど、シーズンもまだ始まったばかりです。
 今日から、僕も、チームも、未来へ向けてのまた新しいスタートだと思います。
 これからも、最後まで決して諦めることなく戦って行きますので、皆さん、応援、よろしくお願いします」

レフトスタンドからはいつまでも、ジョニーコールが鳴り響き続いていた……。


冒頭で書いたようにこの文章は創作です。
現実の試合は……。いや、ジョニーは素晴らしいピッチングでしたよ。
ジョニー復帰の喜びとマリーンズのふがいなさへの怒りを元に4月16日、つまり実際の試合の前日に書きました。
勢いだけで書いたのでどうにもアレな文章ですが、修正はしません。
9回までの得点は7対4くらいの方がよかったかなとか、9回の小坂のプレーはランナー溜めた後の方がよかったとか、直したいところはいろいろあるんですが。
あと、分かる人には一目瞭然でしょうが、平山譲さんの『マウンドの記憶』の影響を受けてます。というかほとんどパクリです。未読の方は是非ご一読を。私がなぜジョニーが好きかわかってもらえるかと思います。

とにもかくにも……、お帰り、ジョニー!


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