櫟朝子(あららぎ あさこ)

[登場作品] 朝子の野球日記
[経歴・所属] 陣屋高
[身長・体重]
[スリーサイズ]
[血液型]
[生年月日] 10月10日
[投打] 右左
[背番号] 10→1
[ポジション] 投手
[声優・俳優]

高山陣屋高の3年。野球部のマネージャー兼エース。
ミス陣屋にも選ばれた学校のアイドルで、スタイルも抜群。成績も優秀で得意科目は英語。
名前の朝子は十月十日に生まれたことから祖母が命名した。
10歳の頃に父を亡くし、母と祖母の3人暮らし。祖母は「さるぼぼのお仙」と呼ばれるさるぼぼづくりの名人。
物心ついた頃からじっとしていない子で、とにかくよく走る子だった。小学校に入ると学校まで4キロを毎日走って通っていた。
小学校の頃は野球部で活躍、中学でも野球部に入部するつもりだったが、女子部員が認められていなかったため陸上部に入部、そこでも活躍する。
それでも野球を諦めきれず、毎日家の近くのいちいの木で投げ込みを続ける。
陣屋高に入学すると野球部にマネージャーとして入部、コントロールの良さが認められ打撃投手もつとめていた。
そんな折、たまたま投げた練習試合で素晴らしいピッチングを披露、その後も練習試合で好投し朝子の実力は岐阜中に響き渡る。その評判は高野連まで届き、野球部顧問の内山の熱意もあり、ついに女子の公式戦出場が認められる。
朝子の公式戦出場で勢いに乗る陣屋高は岐阜県予選を制し甲子園に出場。甲子園でも勢いは止まらず、大雪山高の女性選手・火熊との死闘などを乗り越え、ついに優勝する。
140キロを超える速球を誇り、カーブ、フォークと変化球も一級品。
また、ここ一番で投じられる高速スライダーは結局、作中一度も打たれたことは無かった。
当初は長いイニングを投げると打ち込まれていたためスタミナ不足と言われていたが、それは相手の弱点を探る作戦であり、実際は甲子園での連投でもつぶれなかった。そのスタミナは、山道を走り回り、祖母の手伝いで毎日リアカーを引くことで培われた足腰の強さからきている。
守備もうまく、打者としても俊足巧打で5番を打つ。また野球の知識もチームでは一番である。
卒業後は進学を目指している。

水原勇気(みずはら ゆうき)

[登場作品] 野球狂の詩/野球狂の詩 平成編/新・野球狂の詩
[経歴・所属] 東京メッツ-札幌華生堂メッツ
[身長・体重] 172cm
[スリーサイズ]
[血液型]
[生年月日]
[投打] 左投
[背番号] 1→91
[ポジション] 投手
[声優・俳優] 木ノ内みどり(実写劇場版/TVアニメスペシャル)/信沢三恵子(TVアニメシリーズ)/斎藤由貴(実写ドラマ)/山崎和佳奈(激闘プロ野球)

左のアンダースローという珍しいタイプの投手。
高校時代は獣医師志望。将来、アフリカに渡り動物の治療をしたいという夢を持ち、そのための体力を付けるために、男子に混じり野球をやっていた。
それが、東京メッツのスカウトの目にとまり、’75年のドラフトで1位指名される(ちなみに、この年のドラフトでは、巨人が篠塚利夫、広島が北別府学、中日が田尾安志を1位指名している)。
当初は頑なに入団拒否の姿勢だったが、メッツ側の粘り強い説得の前に翻意。
だが、当時は女子の選手登録は認められておらず、選手登録ができない状態に置かれた。
翌'76年、協約を強行突破して、阪神とのオープン戦で登板。4回2/3はパーフェクトに抑えるが、その後スタミナ切れでメッタ打ちを喰らい11失点する。
しかし、途中までの好投が評価され、特例として選手登録が認められる。
初登板では、3回を無失点に押さえ、セーブを記録するが、2度目の登板では、またもやスタミナ不足を露呈。メッタ打ちに合い、二軍落ちする。
二軍では、ボウリングからヒントを得た、魔球「ドリームボール」を開発。
このドリームボールを抱えて、再度、一軍カムバック。
9回2死2ストライクからの限定登板という形で2敗と11セーブを記録する。
結局、'76年の成績は、0勝3敗11セーブ、防御率5.79。
なお、この年には、オールスター戦にも出場している。
'79年、練習中に打球を脚に受け、これが元で、一旦は引退に追い込まれる。
その後は、普通の主婦となっていた(婿養子を貰ったらしく、姓は水原のまま)。
'97年(当時39ないし40歳)、身売りを発表していたメッツの、お別れ試合に記念登板。セーブを記録する。
結局、メッツは、身売りを撤回。彼女に投手コーチ就任を要請をするが、一旦は固辞。
だが、メッツ2人目の女性投手国立珠美が入団するにあたり、コーチ就任。
同時に、現役復帰もするが、事実上は専任コーチのような形だった。
だが、'99年(当時41歳ないし42歳)、横浜戦で、9回表2死満塁、1点リードの場面で、ストッパーとなっていた国立が四球の判定に激昂。主審に暴行を働いたため、退場となり、仕方なく登板。
鈴木尚典を三振にしとめる。その裏、味方のサヨナラホームランが出たため、勝ち投手となる(これが、誌面上確認できる唯一の勝ち星である)。
東京メッツが身売りして、札幌華生堂メッツになっても、引き続きコーチを務める。