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2011年11月01日

幕張の防波堤

オリックスバファローズの小林雅英が引退すると聞いて思いの外ショックを受けている自分に気付いた。

小林雅英。長年マリーンズのクローザーとして君臨し、その万全の抑えっぷりから“幕張の防波堤”の異名を取り、また打ち込まれながらも最終的には抑える姿から“劇場王”とも呼ばれた選手である。

私がマリーンズを応援するようになったのは00年頃から。コバマサが抑えに定着したのも00年シーズン途中からなので、私にとってはマリーンズの抑え=コバマサというイメージが今でも強い。
ボビー以来のファンには劇場王としての印象が強いだろうけど、2003年までの彼はほぼ無敵のクローザーだった(たまに爆発炎上してのちの劇場の片鱗を見せることもあったけど)。
6日連続セーブや17試合連続セーブ、33試合連続セーブポイントなどを記録したのもこの時期。

歴代4位となる日米通算234セーブも素晴らしいが、あまり語られないけれども7年連続20セーブも凄い記録。
この記録はあの大魔神・佐々木や高津も記録していない。コバマサ以外には岩瀬が記録しているのみ。
どれだけクローザーというのがいかに長く続けるのが大変な役割かということがわかる。長年にわたるトレーニングと節制の賜物だったのだろうと思う。
00年代前半、Bクラスに低迷し続けていた暗黒マリーンズにとって、ジョニーの熱投、小坂の守備、初芝の存在感と並んで、小林雅英の存在は俺達の誇りだった。

一般にクローザーというのは責任感が強い選手が多いが、「完投出来なかった先発投手が悪い」「自分の役割は逆転されないこと(=同点までなら点を取られてもいい)」などとある意味無責任な言葉を吐ける放胆さを持つ、他にはいないタイプの選手だった。こういう良い意味での無責任さがクローザーに向いていたんだろう。
そういうコバマサの性格を頼もしく思いつつも、マリーンズが低迷していたあの頃、優勝に関係無い試合でセーブを上げ続けるコバマサを見て、98年の佐々木のように優勝を争う痺れるような場面で投げさせてあげたい。豪胆な精神を持つこの投手がどんなピッチングをするのか見てみたい。なんて風に考えていた。

その思いは05年に実現するんだけど、その結果が05年のプレーオフ第2ステージ第3戦、あの伝説のコバマサナイトですよ(その日の私のブログ記事→天国から地獄へ)。
プレーオフのその後の展開も含めて、これから野球を観続けてもあんなドラマは多分観られないんじゃないだろうか。まさしく“劇場王”の面目躍如である。
あのマリーンズ31年ぶりの優勝の歓喜と合わせて、あのコバマサナイトは決して忘れなられないだろうな。

今にして思えば、ジョニーがリタイアしたあとのマリーンズのエースはコバマサだったんだと思う。
エースの条件というのは色々あるだろうけど、私が一番大事だと思うのは「こいつで負けたら仕方ない」という信頼感があること。
悪いけど、直行にも成瀬にもそういう気持ちを抱いたことは無い。ジョニーのあとにそういう気持ちを持たせた投手はコバマサだけだ。
特に後年はヒヤヒヤさせられっぱなしで随分心臓を鍛えさせてもらったけど、コバマサがマウンドに上がるとき、いつも彼と勝利を信じていた。

記録にも記憶の残る名選手だったと思う。最後はマリーンズに帰ってきてほしいと思っていたけど、それは叶わなかったな。兎にも角にも、13年間お疲れ様でした。

あなたは日本一のクローザーでした。

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