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2005年01月17日

龍虎対決に想うプロレスのおもしろさ

風雲昇り龍・天龍源一郎、NOAHマットに登場。
かつて、全日本プロレスでジャンボ鶴田と激闘を繰り返した天龍は、言うならば四天王プロレス、そして現在のNOAHのプロレスの源流をつくったレスラー。
そして天龍が全日を離脱したことにより、三沢・川田らがメインを張るようになり、四天王プロレスは完成された。
三沢と天龍、それぞれがそれぞれの人生を歩み続けてきた二人。もう交わることのないはずだった二人の道が、15年の歳月を経て交錯する。
二人の経た15年間という歳月、それを想うだけで心がさざめく。それがプロレスファンというもの。それが証拠にこの日の武道館は大入り満員だった。
天龍のテーマ曲『Thunder Storm』が武道館に鳴り響き、大歓声が上がる。
そしてそれ以上の大歓声と三沢コールが巻き起こる、三沢のテーマ曲『スパルタンX』。
レスラーの入場テーマはそのレスラーの歩んできた道のりを示す。三沢も天龍も、このテーマ曲とともに歩んできたからこそ、ファンはテーマ曲に歓声をもって答える。
三沢がエルボーを、天龍がチョップを打ち合う。ただそれだけで大歓声が湧き上がる。
普段は感情を表に出さない三沢が、15年の思いを込めて天龍の顔面を打ち据える。
天龍のチョップを胸に受け、膝をつく三沢。普段、小橋のチョップや高山の蹴りを受けても平然としている三沢が苦悶の表情をみせる。
こんな54歳、どこにもいない。肉体的には衰えはあるだろうが、気骨は決して衰えない。天龍源一郎はどこまで行っても天龍源一郎のままだ。
グーパンチを受けて、天龍の顔を張る三沢。若き日の三沢はジャンボ鶴田の顔を張り、鶴田の怒りを引き出したものだった。三沢が顔を張るような相手はもうプロレス界には天龍しか残っていない。
試合は天龍戦に燃える力皇が越中を仕留めて決着。三沢と天龍の初対決(天龍はタイガーマスクとしか試合をしていない)はエルボーとチョップの打ち合いがほとんどだったが、それで充分だ。少なくとも、今は。

プロレスが何よりもおもしろいのは、人間をみせるからだ。
人間の持つ喜怒哀楽、その生き様、歩んできた人生、それら全てをリングで表現する。
プロレスが勝ち負けだけではないのはそのせいだ。例え試合に勝利したとしてもしょっぱい試合、つまらない戦いではファンの共感を得られない。それはそのレスラー自体の人間性が安っぽいものだと思わせてしまう。
これは勝負論を至上のものとする総合格闘技と根本的に異なるところでもある。真剣勝負における敗北は死と同義である。敗北は全てを失わせる。
プロレスは違う。無論、プロレスにおける敗北も多くのものを失わせる。しかしそれだけではない。プロレスラーは倒れても立ち上がることができる。
どれだけ多くのものを失っても取り返すことができる。どんな大きな壁でも乗り越えることができる。
そう、プロレスは人生と同じだから。

プロレスがおもしろい。それは、人間がおもしろい、ということに他ならない。